聞かれているのは「仕組みがあるか」
キャリアパス要件でまず誤解されやすいのが、実態を問われているのか、仕組みを問われているのかという点です。答えは後者です。定めて、文書にして、職員が見られる状態にしてあるかが要件です。
そのため「うちは実際に経験に応じて昇給させている」だけでは足りません。何年でどう上がるのかを規程に書き、職員に周知してある必要があります。逆に言えば、すでにやっていることを文書にするだけで満たせる場合もあります。
3つの軸で考える
| 軸 | 整えるもの | 典型的な形 |
|---|---|---|
| 任用と賃金体系 | 職位・職責・職務内容に応じた任用の要件と、それに対応する賃金 | 等級表・職位ごとの賃金テーブル |
| 資質の向上 | 研修の計画と、研修を受ける機会の提供 | 年間研修計画・受講記録 |
| 昇給 | 経験・資格・評価のいずれかに応じて賃金が上がる仕組み | 昇給規程・評価制度 |
この3つに加えて、上位の区分では一定の賃金額に達している職員の配置や介護福祉士等の配置といった上乗せの要件が求められます。どの区分でどれが必要になるかは改定で変わるため、算定する区分を決める前に、必ずその年度の通知で確認してください。
軸ごとに抜けやすい点
任用と賃金体系
職位を定めてあっても、その職位になるための条件と、その職位の賃金が結びついていないことがよくあります。「主任」という職位があるのに、主任になる条件も主任手当の額も規程に書かれていない、という形です。任用の要件と賃金を対応させて書いてください。
資質の向上
研修は実施していても、計画と記録が残っていないことが多い部分です。法定研修をこなしているだけでは、資質向上のための計画を策定して機会を提供していることの説明になりません。年間の計画を立て、誰がいつ何を受けたかを残してください。外部研修への参加費補助や勤務時間としての取り扱いも、仕組みとして書けます。
昇給
昇給の仕組みは、経験・資格・評価のどれを基準にしてもかまいませんが、「上げることがある」では足りません。何を満たせば上がるのかが職員から見て分かる形にする必要があります。評価に応じた昇給にする場合は、評価の基準と手続きもあわせて定めてください。
周知まで含めて要件になっている
規程を作って終わりではありません。職員に周知していることまでが要件です。方法は掲示でも書面の配布でも説明会でもかまいませんが、やったことを後から示せる形にしてください。
- 掲示したなら、掲示している場所の写真を残す
- 配布したなら、配布文書の控えと配布した日付を残す
- 説明会を開いたなら、資料と出席者の記録を残す
- 就業規則や賃金規程に組み込んだなら、職員が閲覧できる場所を決めておく
周知は「やったかどうか」を後から証明しにくい項目です。運営指導で確認されたときに出せるものがないと、やっていても満たしていないと判断されます。
間に合わせようとすると間に合わない
計画書の提出は、算定を始める月の前々月末日が目安です。年度の頭から算定するなら2月末が期限になります。規程の見直しには、作成だけでなく労働者代表への意見聴取や労基署への届出といった手続きが伴います。2月に着手すると間に合いません。
区分を上げたい年度があるなら、前年度の秋ごろから規程の整備に入ってください。順序としては、どの区分を狙うかを決める、その区分に必要な要件を通知で確認する、足りない規程を洗い出す、改定して周知する、という流れになります。
整備前に確認すること
- 算定したい区分と、その区分に必要な要件を今年度の通知で確認したか
- 職位・職責と賃金が、規程のうえで対応しているか
- 年間の研修計画と受講の記録があるか
- 昇給の基準が、職員から見て分かる形で書かれているか
- 規程の改定に必要な手続き(意見聴取・届出)の時間を見込んであるか
- 周知の方法と、周知したことを示す記録の残し方を決めたか
経営者にとってのキャリアパス
キャリアパス要件は加算の要件として整える事業所が多いのですが、本来は職員が将来の自分の姿と賃金を見通せるようにする仕組みです。介護職の離職理由には、賃金の低さと並んで「将来の見通しが立たない」が挙がります。
要件を満たすだけの規程を作って棚にしまっておくと、加算は取れても定着の効果は出ません。経営者として、規程に書いた職位や昇給の基準を実際の人事に使うことが、要件を生きた仕組みに変える条件です。
- 昇格・昇給の判断を、規程に書いた基準に沿って行い、職員に理由を伝える
- 研修の受講や資格の取得を、昇給の基準と結び付ける
- 採用の場面で、入職後の職位と賃金の道筋を示す
また、昇給の仕組みを作ると、将来の人件費の伸びが読めるようになります。全職員が規程どおりに昇給した場合の人件費を試算しておくと、加算の範囲で賄える部分と、法人の収益で負担する部分の見通しが立ちます。
社労士が顧問先で確認すること
- 職位・職責・職務内容と賃金体系が、就業規則・賃金規程で対応付けられているか
- 研修計画が作られ、受講の記録が職員ごとに残っているか
- 昇給の仕組み(経験・資格・評価のいずれか)が規程に書かれ、実際に運用されているか
- 規程の改定時に、意見聴取と届出の手続きが行われているか
- 職員への周知の記録が残っているか
キャリアパス要件の整備は、社労士の専門性がもっとも生きる分野です。規程の作成だけでなく、評価の基準づくりや運用の定着まで支援すると、顧問先にとって加算の要件を満たす以上の価値になります。