なぜ取っていない事業所があるのか
算定していない理由はいくつかあります。規程の整備が済んでいない、計画書と実績報告の事務負担を避けている、職員数が少なく金額が小さいと考えている、そもそも対象だと知らなかった、といったものです。
このうち事務負担を理由に見送っているなら、金額を一度計算してみてください。加算は利用者数とサービス種別に応じて交付されるため、小規模な事業所でも年間で数十万円から数百万円の規模になります。年に1回の実績報告の手間と比べる額ではないことが多いです。
手順は5つ
- 算定する加算区分を決める(どこまでの要件を満たせるかで決まる)
- その区分に必要な要件を確認し、足りない規程を整える
- 賃金改善の方法と配分を設計する
- 計画書を作成し、指定権者へ提出する
- 算定を始め、月ごとに交付額と支給額を記録する
このうち時間がかかるのは2番目です。規程の改定には、作成だけでなく労働者代表への意見聴取や労働基準監督署への届出といった手続きが伴います。ここを見込まずに始めると間に合いません。
逆算の時期
計画書の提出は、算定を始める月の前々月末日が目安とされます。年度の頭である4月から算定するなら、2月末日が期限です。そこから逆算すると次のようになります。
| 時期 | やること |
|---|---|
| 前年の秋 | 算定する区分を決める。要件を確認し、足りない規程を洗い出す |
| 前年の11月〜12月 | 規程を改定する。意見聴取と届出を済ませる |
| 1月 | 賃金改善の方法と配分を設計する。職員へ周知する |
| 2月 | 計画書を作成し、指定権者へ提出する |
| 4月 | 算定開始。月ごとの記録を始める |
年度の途中から算定を始めることもできます。その場合も、算定を始める月の前々月末日が目安になります。4月を待つ必要はないので、準備ができた時点で始めるほうが、受け取れない月を減らせます。
最初に決めるのは区分
加算にはいくつかの区分があり、満たす要件が多いほど上位の区分になり、加算率も高くなります。最初から上位区分を狙うと規程の整備が重くなり、下位の区分から始めると受け取れる額が小さくなります。
- 現在の規程で満たせる要件を確認する(すでに満たしているものがあることが多い)
- 今年度のうちに整えられる要件と、来年度以降にする要件を分ける
- 当面は下位の区分で算定を始め、整備が進んだ時点で区分を上げる、という段取りも取れる
- 区分を上げる場合は変更の届出が必要になるため、時期を指定権者に確認する
最初の年度に完璧を目指す必要はありません。算定していない状態が続くより、下位の区分でも始めて翌年度に上げるほうが、受け取る総額は大きくなります。
算定を始める前の賃金を記録しておく
これは後から取り返せない項目なので、必ずやっておいてください。賃金改善額は、加算を算定する前の賃金からいくら上げたかで計算します。したがって、算定を始める前の賃金が記録として残っていないと、改善した額を証明できません。
- 算定開始前の賃金台帳を保管する
- 算定開始前から支払っていた手当の一覧を残す(これらは改善額に数えられない)
- 基本給の水準を職種・等級ごとに記録する
- 算定開始前の社会保険の加入状況を記録する(法定福利費の増加分の基準になる)
2番目が重要です。加算を取る前から支払っていた手当を、加算による改善として数えることはできません。どの手当が加算によるものかを区別できる形にしてください。新しく手当を設けるなら、名称を分けて賃金規程に書くのがもっとも確実です。
始めたあとに続く作業
算定を始めると、毎年の作業が2つ加わります。年度初めの計画書と、年度終わりの実績報告です。これに加えて、月ごとの記録が必要になります。
| 時期 | 作業 |
|---|---|
| 毎月 | 加算の決定額を記録する。職員への支給額を記録する |
| 毎月 | 交付額と支給額の過不足を確認する |
| 年度初め | 計画書を作成して提出する |
| 年度末の前 | 過不足を確認し、不足があれば賞与などで埋める |
| 年度終了後 | 実績報告を作成して提出する |
この表のうち、毎月の2行を最初から習慣にしておくかどうかで、年度末の負担が決まります。月ごとに記録していれば実績報告は集計するだけですが、記録していなければ1年分を遡ることになります。最初の年度から月次の記録を始めてください。
経営者として判断すること
処遇改善加算を取っていない事業所の経営者からは、「事務が増えるだけで法人の利益にならない」という声をよく聞きます。加算は全額を職員の賃金に回すので、利益が増えないのはそのとおりです。
しかし加算を取らないということは、近隣の事業所が加算で上乗せしている分だけ、自社の職員の賃金が低いということです。処遇改善加算はほとんどの事業所が算定しているので、取っていない事業所は求人の賃金で最初から不利な位置にいます。人が採れなければ利用者を受け入れられず、売上そのものが伸びません。
| 算定しない | 算定する | |
|---|---|---|
| 法人の利益 | 変わらない | 変わらない(加算は全額を賃金に回す) |
| 職員の賃金 | 近隣より低くなりやすい | 加算の分だけ上がる |
| 事務の負担 | なし | 計画書・実績報告・月次の管理が増える |
| 採用と定着 | 求人の賃金で不利 | 求人の賃金で並ぶ、または上回る |
事務の負担は確かに増えますが、その負担は仕組みと道具で小さくできます。判断の軸は事務の手間ではなく、職員を採用して定着させられるかに置くべきです。
社労士が顧問先に提案するとき
- 算定できる区分と、年間の加算見込額を顧問先の請求実績から試算して示す
- キャリアパス要件と職場環境等要件のうち、すでに満たしているものを洗い出す
- 就業規則・賃金規程の整備など、社労士が支援できる作業の範囲を示す
- 計画書の提出期限から逆算した準備のスケジュールを示す
加算を取っていない顧問先にとって、最初の一歩は「いくら増えるのか」を知ることです。具体的な金額を示すと、事務の負担と比べて判断できるようになり、算定に踏み切る顧問先は少なくありません。